2026年干支手ぬぐい「捺染・麻布十番馬場」
2026年の午歳(うまどし)をお祝いする干支手ぬぐいです。
江戸から明治にかけて活躍した日本画家・田中有美が描いた木版画「麻布十番馬場」をもとに、当時の町並みと馬と人々の暮らしを絵てぬぐいに染め上げました。
「馬」は古くから神聖な動物として親しまれ、十二支の「午」は活力や成長、前進を象徴する縁起の良い干支とされています。江戸時代には馬が輸送や農耕、通行、儀礼など多岐にわたる役割を担い、人々は馬とともに日々を営み、文化を育んできました。
歴史と文化が交差する麻布十番の風景と、江戸の人々と馬との暮らし。縁起物の干支柄に込められた意味とともに、お正月飾りや年賀の贈り物に。午年生まれの方へのお誕生日祝い、歴史や街歩きが好きな方へのギフト、外国の方への日本文化紹介にもおすすめです。
田中有美
天保十年山城国(現在の京都府)生まれ。明治から昭和初期にかけて活躍した日本画家。明治17年明治天皇と三条実美の勧めで東京に移住し、宮廷画家として皇室に関わる作品を数多く残しました。
十番馬場の歴史 (語り:郷土史家 岩田隆之)
現在の麻布通り新一の橋交差点付近(港区麻布十番1丁目~東麻布3丁目辺)には、江戸時代「馬場」がありました。この馬場は芝新馬場(薩摩藩見た屋敷北隣り)から移転してきたもので、当時その周辺の里俗の名称から「十番馬場」と名付けられました。
十番馬場では年に3回「市」がたち、仙台駒が取引されたそうです。そしてこの馬場では乗馬用の「袴」が考案され、やがてその袴は「十番袴」と呼ばれる現在の男袴の原型となります。
十番馬場の周囲には馬喰などが住んでいましたが、やがて町屋が立ち並び享保十四年、幕府の許しを得て「十番馬場町」が起立します。この十番馬場町はその後140年続いた後の明治2年、麻布区麻布新網町に編入され麻布十番を冠した町名は消滅しました。
しかし、それから更に93年後の昭和37年、住居表示変更により再び麻布十番を冠した町名が復活します。
| サイズ | 90cm×35cm |
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| 素材 | 綿100% (さらし木綿) |
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| 生産国 | 日本 |
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| 染色方法 | 捺染 ※お洗濯の際、はじめは色落ちしますのでご注意ください ※制作の工程上、手ぬぐい1枚1枚の絵柄の出方は若干の違いがございます |
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